冷たい秋風が頬を撫でる夜、茉莉(まり)は都会の喧騒から離れた山間の古びた宿に足を踏み入れた。彼女は仕事に追われる毎日から逃れるため、この場所を選んだのだった。宿の名は「星影庵」。月の光がやわらかく古木の玄関を照らし、茉莉を迎えるかのように輝いている。
「いらっしゃいませ。」
低く落ち着いた声が耳に届いた。振り返ると、宿の主人である篤人(あつと)が微笑んで立っていた。背が高く、薄手の浴衣から覗く首筋が力強さを感じさせる。目が合った瞬間、茉莉の胸がわずかに高鳴った。
「お部屋はこちらです。ご案内しますね。」
篤人に続いて廊下を進むと、木の軋む音が静寂を破る。部屋に案内された茉莉は、窓から見える満天の星空に息を飲んだ。
「星が綺麗ですね。」
「この宿の自慢です。」篤人の声には微かな誇りが宿っていた。「何か必要なものがあれば、遠慮なく呼んでください。」
その言葉とともに、彼は静かに部屋を後にした。茉莉は広縁に座り、星空を眺めながら深い呼吸を繰り返した。久々に感じる静寂と美しさに、心が解放されていくのを感じた。
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その夜、茉莉は不意に目を覚ました。障子の隙間から月の光が差し込み、部屋を柔らかく照らしている。しかし、どこからか微かな声が聞こえた。耳を澄ますと、廊下の向こうから篤人の声が聞こえてくる。
好奇心に駆られ、茉莉はそっと襖を開けた。声を頼りに進むと、小さな庭へと続く扉が少しだけ開いていた。その先に見えたのは、夜露に濡れる木々の間で月を見上げる篤人の姿だった。
「眠れませんか?」
彼女の気配に気づいた篤人が、振り返って言った。茉莉は驚きながらも、彼のもとへと歩み寄った。
「ええ。なんだか胸がざわついて。」
篤人は静かに微笑むと、茉莉に近づいた。「この時間は、特別です。月と星がすべてを見守ってくれるようで。」
その言葉に、茉莉は不思議な安心感を覚えた。二人の間に流れる空気は静かで、けれどもどこか甘く危うい緊張が混ざっていた。
「触れてもいいですか?」
篤人の問いに、茉莉は一瞬息を呑んだ。しかし、拒む理由が見つからない。彼女は小さく頷いた。
篤人の指先が茉莉の頬に触れた瞬間、心臓が激しく跳ねた。その指先は暖かく、彼女の冷えた肌に心地よい温もりを与える。さらに篤人はゆっくりと顔を近づけ、茉莉の瞳を覗き込むように見つめた。
「あなたは、こんなにも美しい。」
その声に混じる低い囁きが茉莉の心に深く染み込んだ。気づけば二人の距離は消え、唇が重なっていた。初めは軽く、しかし徐々に深くなるそのキスに、茉莉の体は次第に熱を帯びていく。
月明かりの下、篤人の手は茉莉の背中をそっと撫で、彼女の緊張を溶かしていく。そのたびに、茉莉の中に眠っていた感情が目を覚ますかのようだった。
「もっと知りたい。」篤人の声が耳元で囁いた。
「私も。」
茉莉の言葉に応えるように、篤人は彼女を優しく抱き寄せた。その夜、二人は星影に包まれながら、心も体も一つになるひとときを共有した。
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翌朝、茉莉が目を覚ますと、部屋にはすでに朝の光が差し込んでいた。隣に篤人の姿はないが、枕元には一輪の花と一枚の紙が置かれていた。
「星影庵に来てくれてありがとう。また会える日を楽しみにしています。」
そのメッセージを見た瞬間、茉莉の胸に新たな熱がこみ上げた。彼女はこの宿で出会った奇跡を胸に刻み、また新たな一歩を踏み出す準備を始めるのだった。
二人で愛し合う喘ぎ声について隣の部屋から盗聴してる件についてはまた別の時で。