薄暗い夜空からしとしとと降り続く雨は、都会の喧騒を少しだけ静めていた。人々が傘を差して忙しなく歩く中、彼女の姿は一際目を引いた。黒いトレンチコートに赤いヒール。濡れることも気にせず、ただまっすぐに駅へと歩いていた。
「雨、嫌いじゃないけど…少し冷えるわね。」
そう呟きながら、彼女はコートの襟を立てる。その瞬間、傘を持った男性が彼女の前に立ち止まった。
「失礼、傘をお使いになりますか?」
不意を突かれた彼女は、驚いた表情を見せた。見上げると、濃いネイビーのスーツを着た男性が微笑んでいる。彼女は少し迷ったが、濡れた髪を気にしながら頷いた。
「ありがとうございます。でも、あなたも濡れてしまいますよ。」
「それなら、駅までご一緒させてください。」
二人で傘を共有しながら歩く短い距離が、なぜかとても長く感じた。彼の声は低く、雨音と混ざり合って心地よかった。
駅の入り口に着くと、彼女はお礼を言って別れようとした。だが、彼の視線が彼女を捉えたまま離れない。
「もう少し…お話ししませんか?」
「え?」
不意打ちの提案に、彼女は少し戸惑った。しかし、雨で冷えた体が、彼の存在でじんわりと温かくなる感覚を覚えていた。
「近くにいいカフェがあります。雨宿りにどうですか?」
彼女は頷き、二人は駅近くの静かなカフェに入った。木の温もりが感じられるその空間で、二人は向かい合って座る。
「名前、聞いてもいいですか?」
彼が尋ねると、彼女は少し恥ずかしそうに名前を答えた。
「私は…理沙です。」
「理沙さん。素敵な名前ですね。」
その一言に、彼女の心が少しだけ揺れた。二人の会話は途切れることなく続き、彼の穏やかな笑顔と落ち着いた声に、彼女は次第に警戒心を解いていく。
「ここ、もっと静かな場所ですね。」
気づけば二人はカフェを出て、彼の提案で近くのバーに足を運んでいた。控えめな照明が心地よく、他の客も少ない。
「こんな雨の夜に…初めて会った人とお酒を飲むなんて、思ってもみませんでした。」
理沙は赤ワインを片手に笑みを浮かべる。
「でも、悪くないでしょう?」
彼が返すと、理沙は軽く頷いた。そして、ふと彼の手元を見る。彼の指がグラスを優雅に回している。その仕草に、理沙の視線が吸い寄せられる。
「何か、気になりますか?」
彼の問いに、理沙はドキッとした。
「いえ…ただ、手が綺麗だなと思って。」
「そうですか?ありがとうございます。」
彼が微笑むと、理沙は少し顔を赤らめた。
二人の距離は次第に縮まり、気づけば理沙の心は彼に惹かれていた。彼の話す声、視線、仕草…どれもが彼女を引き寄せる。
「もう少し一緒にいたい気分です。」
彼が低く囁くように言うと、理沙は答えを出せずにいた。ただ、その瞳が真剣であることを感じ取った。
「私も…。」
理沙の言葉が終わる前に、彼の手がそっと彼女の手に触れた。その瞬間、彼女の中で何かが弾けたようだった。理沙の心臓の鼓動が早まり、彼の手の温かさが伝わってくる。
「今夜は…特別な夜になりそうですね。」
彼の言葉に、理沙は静かに頷いた。そして、二人は雨の音を背に、夜の街へと歩き出した。
この雨が止む頃には、二人の関係もまた、新しい始まりを迎えるだろう。