四月の風が、春の香りを街中に届ける頃。 新しい仕事を始めたばかりの香奈(かな)は、満員電車に揺られながら今日もなんとか一日を切り乗り気を引き締めていた。その中で、彼女の人生を変える一瞬が先立っていることを、まだ知っているわけでもなかった。
通勤ラッシュの車内は、いつものようにぎゅうぎゅう詰めだ。香奈はつり革にしがみつきながら、駅に到着するたび少しずつスペースが広がるのを待っていた。そして次の駅で、ふいに何かが肩にぶつかった。
「すみません、大丈夫ですか?」
振り向いた先には、少し乱れたシャツと、驚いたような目をした青年が立っていた。
「あ、大丈夫です。気にしないでください。」香奈は離れて笑顔を返した。
「よかった。それで、この時間の電車は本当に一瞬みたいですね。」青年が少し申し訳なさそうに笑う。
その一言に、香奈も思わず吹き出してしまった。 肩が合うほど近い距離の中で、気まずさが和らぎ、二人はほんの短い間、とても微笑ましかった。 そして、彼が次の駅で降りるとき、香奈は少し寂しさを思い出した。
数日後、また同じ電車で彼と再会した。 再び混み合った車内で、彼はふいに香奈を見つけて、軽く会釈をした。
「またお会いしましたね。」 彼が少し照れくさそうに言う。
「そうですね、なんだか偶然ですね。」香奈も不思議な縁を感じながら答えました。
二人は少しずつ話すようになり、お互いの名前を交換するまでに時間はあったようだった。 彼の名前は悠斗(ゆうと)。 転勤したばかりで、この路線を使い始めたところだという仕事の話や好きな映画の話、考えない会話がだんだん楽しい時間に変わってきました。
いつかのこと。いつものように悠斗と話をしていた香奈は、ふいに自分の胸が高く鳴るのを感じた。 彼の笑顔が、電車の中のすべてを明るく照らしているように思われるたのだ。香奈は自分が彼に惹かれていることを認めざるを得なかった。
しかしその気持ちをどう伝えていいのかわからず、日々は過ぎていきます。ふと、香奈が少し元気のない顔をしていると、悠斗が心配そうに聞いてくれました。
「何かあったんですか?」
「ううん、何でもない。ただ、考え事をしてただけ。」香奈は微笑んでごまかした。
いずれ悠斗は、それ以上何も分からず、ただ「無理しないでくださいね」と優しい声で言いました。その一言が、香奈の心にじんわりと温かさが広がった。
それから数週間後、香奈は思いついて決心した。 彼に気持ちを伝えようと。 待ち合わせをするわけでもなく、ただいつもの電車の中で話すだけの関係だったが、香奈にはそれが特別だった。
満開の桜が電車の窓から見える瞬間、香奈は少し早めに駅に行き、彼を待っていた。 しかし、その日は彼の姿がどこにもなかった。
「あれ、今日は休みなのかな……」
胸の奥がぽっかりと空いたような気持ちになりながら、香奈は一人電車に乗り込んだ。いつもの時間、いつもの車両。しかし、悠斗がいないと世界が灰色に見えることに気づいた。
次の日も、その次の日も、彼は現れなかった。香奈はついに、彼の連絡先を聞かなかった自分を振り返った。何もかもが遅かったのだ。自分の気持ちを伝えることも、彼のことを知ることも。
それから一週間が経った頃、香奈が仕事帰りに駅のホームを歩いていると、ふいに誰かが声をかけた。
「香奈さん!」
振り向くと、そこには悠斗が立っていた。 彼は少しだけ息を切らしていたが、変わらない優しい笑顔を浮かべていた。
「どうしてここに?」香奈は驚きの余り声を震わせた。
「どうって……探してたんです。転勤の準備で少しだけ電車を使えなくなって。でも、どうしてもまた会いたくて。」 悠斗は真剣に瞳で香奈を見つめた。
香奈はその言葉に胸がいっぱいになった。
「私も……ずっと会っていました。」 彼女はなんとなく自分の気持ちを素直に言葉にできた。
「よかった……もう離れませんから。」 悠斗はそう言って、香奈の手をそっと外した。
桜が風に優しく、二人の間を優しく包み込んでいた。